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院長ブログ

9月1日(2020.09.01更新)

2学期の始業式

昔は9月1日といえば長い夏休みが終わり2学期の始業式の日でした。宿題の工作などを持って登校し、真っ黒に日焼けした同級生と久しぶりに再会したものです。1923年の9月1日は関東大震災が起こり、(昼食前ということもあり関東一帯は大規模な火災が発生しました。とくに当院のある日本橋周辺の被害は甚大で、近くの墨田区横網には東京都慰霊堂が建てられています。)そのため始業式の日は防災訓練をするのも慣例となっていました。小学生の頃は防災頭巾をかぶって机の下にもぐりこみ、その後教室から脱出するというこの訓練はどこか他人事のようでありあまり熱心に取り組んでいなかったものです。

1923年9月1日

大震災が発生した1923年9月1日昼は、フランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテルの落成記念披露宴が行われる準備の真っ最中でしたが、周辺の多くの建物が倒壊したり火災に見舞われたりする中で、小規模な損傷はあったもののほとんど無傷で変わらぬ勇姿を見せていたライトの帝国ホテルはひときわ人々の目を引いたと言われています。アメリカにいたライトはこのことを弟子の建築家、遠藤新さんからの手紙で知り、狂喜したということです。ライトが帝国ホテルの経営陣と衝突して日本を離れてから帝国ホテルの仕事を継いだ一番弟子の遠藤新さんは他の弟子とともに帝国ホテルを完成させました。ライトと遠藤新らが心血を注いで完成した帝国ホテル・ライト館はその後1968年に解体されて私も一度も実物を見たことはありません。写真で見る限りでは、まるで古代の遺跡のようなその外観は今残っていればかなり貴重な建築物であることは分かりますが、建設当時から近代的でない建物との批判を受けていたことは理解できます。

③懐かしき帝国ホテル | 桃青窯696 | 帝国ホテル, フランクロイドライト, 建築デザイン

遠藤楽さんのこと

実は遠藤新さんのお子さんの遠藤楽さんという方も有名な建築家で、私が国際医療センターで医師として働いていた時に入院の際に主治医を務めていたことがあります。当時はあまり建築に興味がなかったのですが、遠藤さんは飄々としていてお洒落でかわいらしいおじいさまで、病室で器用に折り紙を折ってくださったり、スラスラと描いたイラストが素晴らしかったりして、外来の医師から「有名な建築家」なんだということを聞いて、建築家というのはこんなにお洒落な人種なんだといたく感心したのを覚えています。

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遠藤楽さん(1927ー2003)

フランク・ロイド・ライト

フランク・ロイド・ライトはル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエとともに「世界三大建築家」と言われていますが、他の二人と比べるとその後の影響は限定的と思われます。ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエらの作品は今見ても十分現代的と思えるものが多いですし、とくに日本ではコルビジェの弟子たちの活躍もあり、コルビュジエ的な建物で溢れておりその影響力は非常に大きいと感じます。一方ライトの作品は今見るとどちらかというと昔の建物といった風情を感じますし、ライトはコルビュジエと違って日本にある程度長い間滞在して作品を残していきましたが今ではライト的な建物を見かけることはそれほど多くはありません。ライトの帝国ホテルも実は関東大震災で損傷を受けており、開業から40年という短い期間で老朽化と地盤沈下、客室の少なさから取り壊されてしまいます。

[caption id="" align="aligncenter" width="605"] 有名なライトの落水荘 カッコよすぎます[/caption]

日本で見ることのできるライトの作品

今近くで見ることのできるライトの作品は池袋にある「自由学園 明日館」でしょうか?私は以前この建物の中にはヴァイオリンの展示会で入ったことがあります。

その建物はこぢんまりとしたかわいらしい建物で中の家具も温かみが感じられるものでした。考えてみるとモダンデザインとされる現代の建物の多くは時間がたつと老朽化が目立つようなものですが、ライトの作品は時間がたつにしたがってむしろ味わいが出てくる建築や家具のように感じます。年月がたつと味わいが出てくるというのは人間だけでなく建物にも言えるものなのかもしれませんね。

 

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