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院長ブログ

FACT FULNESS ファクトフルネス(2020.10.11更新)

昨年から書店に行くと「FACT FULNESS ファクトフルネス」という本が山積みになっているのを見たことがある方もいらっしゃると思います。「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」と書いてありますのでなかなか興味をそそられる表題です。

売れ行きも好調のようで、“2019年度ベストセラー”とか“〇〇で第一位”などポップで描かれているのも何度も目にしました。私もこっそりと立ち読みをするとなかなか面白い内容で買いたい衝動に何度も駆られましたが、(ベストセラーは買いたくない)というへそ曲がりの精神のためになかなか購入していませんでした。しかし数か月前についに衝動的に購入してしまい一気に読んでしまいました。

これは確かに面白い本でした。そして「コロナ時代」の今だからこそ皆さんが読んだほうがいい本であると感じました。

ハンス・ロスリング氏について

この本の作者はハンス・ロスリングというスウェーデン人で専門は公衆衛生学の医師です。スウェーデンというと新型コロナウイルスで集団免疫戦略をとった国ですから、彼がコロナについてどのような考えを持っているのかをぜひ知りたいところですが、残念ながらハンス・ロスリング氏は2017年に68歳ですい臓がんのために亡くなっていますので直接話を聞くことはできません。

さて、「FACT FULNESS ファクトフルネス」からハンス・ロスリング氏は熱い情熱を持つが、上品な紳士というイメージでしたが、TEDを見ると情熱的ではありましたがどちらかというとお茶目な風貌でした。

「FACT FULNESS ファクトフルネス」の目次

さて、「FACT FULNESS ファクトフルネス」の目次を挙げてみます。

第1章 分断本能 「世界は分断されている」という思い込み
第2章 ネガティブ本能 「世界がどんどん悪くなっている」という思い込み
第3章 直線本能 「世界の人口はひたすら増える」という思い込み
第4章 恐怖本能 「実は危険でないことを恐ろしい」と考えてしまう思い込み
第5章 過大視本能 「目の前の数字がいちばん重要」という思い込み
第6章 パターン化本能 「ひとつの例にすべてがあてはまる」という思い込み
第7章 宿命本能 「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み
第8章 単純化本能 「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み
第9章 犯人捜し本能 「だれかを責めれば物事は解決する」という思い込み
第10章  焦り本能 「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
第11章  ファクトフルネスを実践しよう

どうでしょうか?興味をそそられる目次ではありませんか。

第4章 恐怖本能 「実は危険でないことを恐ろしい」と考えてしまう思い込み

この中から自分が印象に残ったものを挙げていきます。

まずは第4章 恐怖本能 「実は危険でないことを恐ろしい」と考えてしまう思い込みについてです。
ハンス・ロスリングは自然災害による犠牲者、戦争による犠牲者、放射線による犠牲者、殺虫剤による犠牲者、テロによる犠牲者などが減少していることをグラフなどを挙げて説明しています。

我々が日々目にする情報からは自然災害による犠牲者は増えているような印象がありますが、そんなことは全くありません。劇的に減っているといっていいでしょう。
しかし、マスコミはそのような報道は全くしません。「世界が危険だ」という報道は多くされますが、「世界が安全になってきている」という報道はほとんどされません。

これは「新型コロナウイルスの報道」にも当てはまることはないでしょうか?相変わらず日本での東京での感染者数の発表があり、世界中でどのくらいの人たちが亡くなっているのかの報道があります。もちろん新型コロナウイルスが単なる風邪だとは思いませんが、以前もコメントしたように年間10万人以上の方がが肺炎で亡くなっていることを考えると、1万人/月程度は肺炎で亡くなっていると思われます。新型コロナウイルスをあまりにも特別扱いすることはいかがなものかと思われます。

第10章  焦り本能 「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み

もうひとつ印象に残ったところは

第10章  焦り本能 「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
のところです。

ちょっと長くなりますが、本の中の話を引用します。

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ロスリング氏がモザンビークにいた時にメンバという村で数百人が原因不明な深刻な病気(足が麻痺したり、目が見えないようになる)にかかっていた。その患者を診察したときに何らかの毒物によるもののように感じたが、その原因が感染症ではないとは言い切れないと感じた。市長から「感染症ならすぐに手を打たなければ、大変なことになる」と言われ、「軍に道路封鎖を要請して、北からのバスを入れないようにすべきか?」と相談された。彼は「そうですね。そのほうがいいと思います。何か手を打たないと」と答えた。
 翌朝、メンバの村では20人女性と子供が作物を売るためにナカラの市場へ行くバスを待っていた。(封鎖のため)バスが来ないと知った女性と子供たちは海岸に歩いて行って、漁師にナカラまで船に乗せてほしいと頼んだ。小さなボートに全員が乗り込み海岸沿いを下って行った。ところがボートは波にさらわれ漁師を含めて女性も子供も全員がおぼれて死んでしまった。
 その午後にロスリング氏が封鎖された道路を通り抜けるときに人々が海から死体を引き上げて道路に並べているのが見えた。ロスリング氏が遺体をかかえた男性に「なぜこんなボロ船に乗り込んだのですか?」と聞くと「今朝バスが来なかったんですよ」と答えた。そのあとしばらくロスリング氏はショックで呆然としてこの話を35年間誰にも話すことができなかった。
 その後、彼は調査を続けとうとう原因を突き止めた。予想通り毒物が原因でそれは彼らが主食としているキャッサバの毒であった。キャッサバは食べる前に3日間もかけて毒を抜いてから食べるのだが、その年は大凶作で政府がキャッサバを高値で買い取ってしまい、貧乏な農家は作物を全部売ってしまったのだ。農民は腹ペコのまま帰宅してあまりにおなかがすいたので、我慢できずに毒抜きをしていないキャッサバを引っこ抜いて食べてしまったのだ。
 それから14年後1995年、コンゴ共和国の首都のキンシャサではエボラ出血熱が流行していた。そのため閣僚は道路を封鎖した。すると首都にキャッサバが届かなくなり、都会に住む人たちはまわりの産地からキャッサバを買い占めた。すると同じように手足が麻痺して目が見えなくなる原因不明の症状が広がった。
 それから19年後の2014年リベリア北部の農村でエボラ出血熱が流行した。豊かな国から来た経験不足の医療関係者はみな震え上がり、みな道路を封鎖しろと思いついた。しかしリベリア厚生省の官僚たちは偉かった。これまでの道路封鎖の危うさが分かっていたのでこれを行わなかった。力任せのやみくもな対策では感染経路はたどれない。冷静で地道な細かい作業で感染経路を掘り起こすしかない。
 1981年のナカラではロスリング氏は病気の原因を突き止めることには慎重に何日もかけていたのに、道路封鎖によって何が起こるかを一瞬たりとも考えなかった。焦り、恐れ、感染症のリスクばかりに気を取られて深く考え抜くことができなくなっていた。何か手を打たなければという焦りから大変な失敗をしてしまったのだ。
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これは新型コロナウイルスの話ではありません。しかし同じようなことが新型コロナウイルスでも行われてはいないでしょうか?
焦りのため間違った判断につながっていないでしょうか?差別的な行動に繋がっていないでしょうか?
ロスリング氏は「焦り本能を抑えよう!」と呼び掛けています。焦り・恐れにつけこんであることないことでっちあげる人がいるのです。

ロスリング氏の呼びかけに耳を傾けよう

ロスリング氏は医師なのでこのような先を見えないことに判断を委ねられることが多かったと思います。私もロスリング氏のような大きな出来事ではないのですが、これまでの医師の人生で何度もそのような場面に直面したことがあります。
例えば患者さんが急変した場合、次にどのような手を打つべきなのか、またはこのままの治療を継続するべきなのかは刻一刻と判断しなければならなくなります。
後から振り返るとこうすればよかったと思うこともありますが、その瞬間は決して引き返すことのできない分かれ道なのです。
循環器内科の医師はどちらかというと積極的な侵襲的な治療が好きな人が多いので、「それ挿管だ」「それPCPSだ」「それECMOだ」などと周りで主張する人も多いのです。その場合に例え主治医が自分であってもその場の声の大きさや流れで自分の意志とは違う治療方針が選択されて行ってしまうこともないわけではありません。

ロスリング氏の呼びかけに耳を傾けたいものです。彼はこう呼びかけています

過激な対策に注意しよう!

大胆な対策をとったらどんな副作用があるかを考えてほしい。ドラマチックな対策よりも、たいていは地道な一歩に効果がある。

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