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焦ったこと_①

[2019.08.25]

これまで20年以上医師人生を送ってきましたので、中には他では決してできないような大変な経験をしたり、絶体絶命と思われるような場面にも遭遇してきました。今日はその中でも強く印象に残っている出来事を2回に分けてお話ししたいと思います。

あれは国立国際医療センターで循環器のレジデントをしていた時だったと思いますので医者になって4-5年目くらいのことでしょうか。今から20年近く前のことです。ブラック企業ではないですが、当時は薄給で過剰労働、おまけに平日はバイト禁止ということで、2ヵ月に1回程度土曜日の夕方から月曜日の朝まで外の病院へバイトに行っておりました。その病院はC県にある小さな個人病院でしたが一応入院施設があり、土日の救急外来と病棟の対応が主な仕事ということになっていました。救急外来と言っても大した設備があるわけではないので風邪や簡単な怪我などの対応が主で、それほど大変な患者さんはいらっしゃいませんでした。ただ、救急部の先輩からは「あそこは忘れたころに重症患者が来るから気を付けたほうがいいぞ」と言われたことがあり頭の片隅には残っていました。

あれは土曜日の夜中だったと思いますが、看護婦さんから「先生、食中毒の人が来ました」という連絡が入りました。これは余談なのですが、一般的に言って「食中毒」という診断がついてから受診をすることはないと思うのですが、その病院では割と断定的に「風邪の人が来ました」「アストマ(喘息のこと、ドイツ語だと思いますがこの病院で初めて聞きました)が来ました」などと電話を受けた看護婦さんが電話口で診断名を告げながら、当直の医師を呼ぶのが習わしでありました。ちなみに当時のそこの看護婦さんは患者さんに対してかなり強気で、夜中に救急外来を受診する患者さんに「今忙しいんだから!突然来られても困るんだけど!」などと平気で言うので、気が小さいこちらとしては(患者さんに逆切れされたらどうしよう・・・)とビビっておりました。

さて、「食中毒」の患者さんは50代後半くらいの男の人で、何でも近くの天ぷら屋さんで妻と2人で天ぷらを食べたとのことですが、食べた後から胃のあたりの調子が悪くなって一度下痢をしてしまった、とのことでした。一緒にいらっしゃった奥さんは何ともないとのことですが、暗い外来の待合で座っている本人の顔色はなんだかちょっと覇気がないように感じました。診察室で通常通り診察をして、お腹の音や触診もしましたがとくに異常はありませんでした。「ほかに何か気になることありませんか?」と聞いたところ、「何だか左の肘のあたりがゾクゾクするような感じがする」と妙なことをいうのです。

当時(今でもそうですが)は「左側」にものすごく敏感だったのです。何故なら循環器内科のレジデントですから、狭心症・心筋梗塞を見逃すことは許されません。狭心症・心筋梗塞の典型的な症状は「左胸痛」です。左胸痛、左肩の痛み、左背中の痛みなどで心筋梗塞と診断された人を多く見ていました。(実際に一番多いのは前胸部絞扼感で、必ずしも左ではないのですが)そこで、「左肩の方は痛くないですか?」と聞いたところ、「左ひじから左肩にかけて確かに違和感がある」と言うのです。当時(今のそうですが)循環器内科の医師にとって狭心症・心筋梗塞を見逃すわけにはいきませんので、早速心電図を取りましたところ、見事に?急性心筋梗塞の心電図ではないですか!!それも胸部誘導でhyper acute Tという超急性期の前胸部の心筋梗塞の所見です。これは冠動脈の左前下行枝の心筋梗塞で間違いなしです。

 診断がついたところで患者さんにはそのように説明いたしました。もちろんこの病院でカテーテルによる冠動脈形成術はできませんので、看護婦さんに聞いたところ聞いたことのある病院の名前をあげられましたので、早速電話をして転院の準備を整えました。この病院の外来にはモニター心電図がなかったので12誘導心電図をずっと装着して救急車の到着を待ちました。

 しばらくすると救急車が到着しましたので、患者さんをストレッチャーで救急車へ運ぼうとしましたが心電図が救急隊がモニターを持ってきていません。到着した救急隊員に「心電図はモニターは?」と聞くと「車内にあるんで外せないんです」といって持ってこないのです。心筋梗塞の場合、再灌流性の心室細動がこわいので絶対に心電図の表示をはずしてはいけないと教えられていましたのでどうしようかと悩みましたが、救急車内にモニターはありそこまでは10mくらいの距離でしたので大丈夫だろうと判断して12誘導の心電図をはずして救急車のところまで運びました。

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