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論文捏造

[2021.05.16]

以前どこかでお話したかもしれないのですが、私は村松秀さんの「論文捏造」(中公新書ラクレ)を愛読していて、今でも時々読みかえすことがあります。この本は超電導の分野で『サイエンス』『ネイチャー』等の一流の科学誌に論文を載せ、一時期ノーベル賞候補に名前があがったほどのベル研究所の若きカリスマ、ヘンドリック・シェーンの不正がなぜ発覚したかを追ったNHK番組に沿って書かれたものです。分野は異なるといえど、捏造を許してしまう、科学会の構造と闇は当時よりもさらに深くなっていると感じます。

中国はあらゆる分野でこれまでの欧米中心だった世界を変えていっていますが、医学界においても論文数などで日本を大きく引き離し、米国に迫る勢いとなっています。一方でこちらのように捏造された論文も多いのではないかと懸念されています。


https://gigazine.net/news/20210325-fight-against-fake-paper-factories/


これは中国だからというわけではなく、どの国においても起こりうる問題です。実際に2005年に韓国の黄禹錫(ファン・ウソク)が起こしたES細胞論文不正事件、我が国でもSTAP細胞問題は記憶に新しいところです。

不名誉なことに、近年では論文撤回数ランキングの上位が日本人で占められているという現実もあります。

論文が捏造されて問題なのは、それによって真実ではないことがまるで真実のように世間に知れ渡り、それによって人々に害をもたらす可能性があることはもちろんですが、いったいどの論文が捏造でどの論文がそうでないかの境目が分からなくなり、すべての論文に疑惑が生じてしまう可能性があるということです。もちろん『サイエンス』や『ネイチャー』などの論文は著明な研究者による厳しい査読を経て、それを防いでいるわけですが、それでもシェーンのように不正が見逃されているということは、捏造を見抜くことはたやすいことではないということを表しています。今では不正を見破るために告発サイトを使用したり、写真を解析したり、文字列をAIで判定したりと様々な工夫もあるようですが、中国ではお金を払ってその道のプロに論文作成を依頼することもあるとのことですから、論文捏造を見破る対策を施したとしてもすぐに対応され、いたちごっこはこれからも続くと思われます。


そもそも論文不正がはびこる原因は、日本では研究費の枯渇などが指摘されているようですが、論文の数で評価されたり、インパクトファクターで評価されたりと数字で評価するシステムが大きな原因だと考えられます。確かに研究者を評価するにはその人柄で評価するよりは、その研究成果である論文で評価する方がよりフェアであると思われますのでその点は大変悩ましいところです。


数学や物理学などはより厳密さが要求され、不正がはびこる余地は少ないとされていますが、一方我々の専門分野である医療分野では、様々な要素が絡み合っているために不正が起こりやすく、またその検証が難しいと考えられています。


捏造とはちょっと違いますが、野口英世というと皆さんも伝記などを読んでご存知かと思います。その内容は野口英世は貧しい家に生まれたが、努力家で、小さいころの火傷により手が不自由となったが努力して立派な医学者になったという話が主だと思います。しかし野口英世の生涯を描いた渡辺淳一氏の『遠き落日』では我々の描く野口英世像とはかけ離れて、私生活では金遣いが荒く、女好きで、自信家で野心家であった野口英世が描かれています。野口英世は当時ノーベル賞に最も近いと言われた医学者でしたが、不運にも黄熱病によって命を落とします。そして生涯をかけて書いた数々の論文も今ではほとんどが評価されていません。彼の研究態度はきわめて真面目で偽りのないものであり「実験マシーン」「日本人は睡眠をとらない」とまで言われたものでしたが、彼が取り組んでいたいたのは当時の光学顕微鏡で観察可能な細菌学であり、その後電子顕微鏡が発明されウイルス学が飛躍的に発達したことにより、野口の業績のほとんどは否定されしまうことになったのです。


野口英世の場合は論文を捏造したということではありませんが、その論文や研究の結果の正しさは結局は「歴史が審判する」ということになります。今では当然と思われるようなことも発表された当時にかならずしも正当な評価を受けるとは限りません。一方で、いま正しいと思われることも将来どのようになるかも分かりません。

新型コロナウイルスに関する多くの研究や報告も連日世界中から発信されています。新型コロナウイルス感染症は全人類にとっての敵、たいへんな脅威であることにかわりはありませんが、発生から1年半が経ったいま、それらの情報に一喜一憂する時期はもう過ぎたと思うのです。今更ですが、いまいちど冷静に情報を見極めることが大切だと思っています。

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