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長嶋茂雄が遺したものー心房細動と脳卒中医療の変遷

[2025.06.08]

長嶋茂雄さんが2025年6月3日に亡くなったというニュースを知り、私の中で一つの時代が終わったような感慨を覚えました。私が野球ファンになった年(1975年)、広島カープがセ・リーグを制し、監督1年目の長嶋監督率いる巨人はまさかの最下位。その年の記憶が鮮明に残っていることもあり、自然と私は広島ファンになりました。私の小さい頃は王貞治さんが現役でホームランを量産していた時代。長嶋さんの現役時代はリアルタイムで見ていませんが、監督としての存在感、そして引退後の独特なトークや明るいキャラクターは、私たちの世代にも強く印象付けられています。

左が私、右は巨人ファンの兄

現役を知らない世代にも届いた「ミスター」

長嶋さんは「ミスタープロ野球」「ミスタージャイアンツ」と呼ばれ、王貞治さんと並んで「ON砲」として巨人の黄金時代を築き上げました。私が野球に夢中になった頃は既に監督としてベンチに立ち、時に英語を交えた名言・迷言でお茶の間を沸かせていました。その独特の言語感覚や明るさは、現役を知らない私たちにも「国民的スター」としての親しみやすさを感じさせました。

晩年を苦しめた心房細動による脳梗塞

長嶋さんは2004年、心房細動を原因とする脳梗塞で倒れ、以後20年以上にわたり右半身麻痺と闘いながらリハビリを続けてこられました。心房細動は高齢者に多い不整脈で、心房で血液が滞り血栓ができやすくなり、それが脳に飛ぶことで脳梗塞(心原性脳塞栓症)を引き起こします。このタイプの脳梗塞は、小渕恵三元首相やサッカー日本代表元監督のイビチャ・オシムさん、橋本龍太郎元首相など著名人にも多く見られ、発症すれば動脈硬化による脳梗塞と比べて重い後遺症や命を落とすケースも少なくありません。

オシム元日本代表監督

小渕恵三

小渕恵三

橋本龍太郎

橋本龍太郎

治療薬の進歩と過去の課題

かつて日本では脳卒中といえば脳出血が主流で、半身麻痺の患者さんも多く見られました。食生活の改善や降圧剤の普及により高血圧のコントロールが改善したため、脳出血の頻度は減ってきました(以下の表参照)。しかし、心房細動による脳梗塞も高齢化とともに増加しています。たとえば私が医師になった約30年前から、すでに心房細動には抗血小板薬では効果がなく、ワーファリン投与が望ましいと知られていましたが、食事や他の薬との相互作用が多く、コントロールが難しいため、ワーファリンは必要な人に十分投与されていなかった現実があります。私の同僚の父親も、心房細動がありながらワーファリンを使われず、脳梗塞で亡くなったことがありました。

年代 脳卒中全体発症率(人口10万対/年) 脳梗塞発症率(人口10万対/年) 脳出血発症率(人口10万対/年)
1950年 約400 約14 約390
1955年 約420 約15 約400
1960年 約430 約18 約410
1965年 約420 約22 約390
1970年 約400 約30 約370
1975年 約350 約50 約300
1980年 約300 約80 約220
1985年 約250 約110 約140
1990年 約200 約130 約70
1995年 約180 約140 約40
2000年 約150 約120 約25
2005年 約130 約110 約15
2010年 約120 約105 約10
2015年 約110 約100 約8
2020年 約100 約95 約7
 

DOACの普及がもたらした変化

ここ10年ほどで「DOAC(直接作用型経口抗凝固薬)」が登場し、服薬管理が容易になったことで、心房細動患者の脳梗塞予防が飛躍的に進歩しました。これにより、かつてのように大きな脳梗塞で半身麻痺や寝たきりになる人は減少傾向にあります。医療の進歩が、長嶋さんのような悲劇を少しずつ減らしていることを実感します。ただ長嶋さんは脳卒中に対する啓蒙活動にはそれほど参加されていなかったように記憶しています。一方で例えばサッカー日本代表元監督のイビチャ・オシムさんなどは病気から快復した後、脳卒中の啓蒙活動に参加しており我々医師としては大変感銘を受けたものでした。

野球と人生、そして医療の進歩

長嶋さんの人生は、野球というスポーツの枠を超え、明るさと努力、そして多くの人に勇気を与え続けてきました。晩年、麻痺とともに過ごしながらも、リハビリや社会貢献活動に取り組む姿は、多くの患者さんや家族に希望を与えたと思います。医療の進歩によって、同じような病気で苦しむ人が減っていくことを願わずにはいられません。

長嶋さんのご冥福を心よりお祈りするとともに、野球と人生、そして医療の進歩について改めて考えさせられた出来事でした。

 

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