クリニック通信8月号
猛暑が続きますが、皆さま体調は崩されていませんか?ついにパリオリンピックが開幕しました。アスリートたちの連日の熱戦を心から応援しています。
さて先日、東京在住の北大時代の同級生10人余りで集まりました。卒業以来の仲間もいて、懐かしい楽しいひとときでした。その中のK君は現在は大病院の外科のセンター長で今もバリバリと手術をしているとのことでした。彼は手術よりも外来診療が大変だと言っていて、毎日外来診療をしている私に「大変でしょー」と同情していました。
私は大学を卒業して以来、もっぱら入院診療に従事していましたが、医師になって6年目に東大病院へ戻ってからは週1-2コマの外来診療を受け持っていました。その中でも思い出深い患者さんとの出会いは多く、その時に診察していた患者さんの中には今でもクリニックへ来院してくださっている方もおられます。当時はふたりとも独身でしたが、今ではお互いに家庭を持ち子供もいます。ご家族で当院をかかりつけとしてくださっていて嬉しいかぎりです。
さて外来診療では多くの患者さんとの出会いがありますが、今回はお二人の患者さんのお話をさせてください。
お一人目はSさん。我々家族の中では通称「カブトムシのSさん」です。Sさんに最初にお会いしたのは、外勤先のある企業の診療所でした。Sさんは「前の日から胃が痛いから胃薬を出してくれ」ということでいらっしゃいました。念のため心電図を取ったところ、心筋梗塞が判明し、大至急カテーテル治療が必要ということをお話ししたのですが、ご本人は胃薬をもらって帰るつもりだと言ってなかなかご納得されませんでした。そこをなんとか説得して、私も一緒に救急車に同乗し大学病院に向かいました。そこでカテーテル治療をして無事に元気に退院しました。Sさんはその後も循環器以外の病気も沢山されたのですが、その度に手術をして乗り越えられて、遠方から電車を乗り継ぎ、外来に通院してくださっていました。ご自宅が遠いので、一時は地元の病院へ紹介状を書き、お互い手を取り合って涙のお別れをしたのですが、結局いろいろあり、現在もクリニックへ来院されています。
あの診療所の出会いから20年あまり、Sさんは退職され現在は地元でボランティア活動をされています。あるときその活動で森で手に入れたカブトムシの幼虫を「お子さんへどうぞ」ともってきてくださいました。夏休みに大事に飼育して無事に成虫になったときは家族中で大喜びしたものです。Sさんとはいつも外来で両手でがっしり握りあってお別れしています。Sさんの手は昔から働き者のゴツゴツした手で、「先生もお元気で!」と言われると毎回本当に心が熱いものがこみあげ、元気と力がわいてきます。そんなカブトムシのSさんも80歳を超えましたがこれからも元気に幸せに長生きしてほしいです。
もう一人の患者さんはYさんです。Yさんは心筋梗塞からくる心室細動を起こして奇跡的に命をつなぎとめた方です。Yさんもその後いくつかの病気を抱えておられたので、私がクリニックを開業するときは大学病院へ紹介状を書き、外来診療をお願いしました。Yさんは当時60歳前で、心筋梗塞を起こして九死に一生を得たせいか、外来で「人はいつ死ぬか分からないので、悔いがないようにやりたいことをやる」と仰っていて、退院後すぐに「北海道に行ってきた」などと積極的に生活されているようでした。私のクリニック開業の際は綺麗なお花を送って祝ってくださり、それからは現状報告ということで、毎年秋にインフルエンザの予防接種を打ちにいらっしゃいました。毎年、次々と病気をされていることに驚き心配していましたが、いつも淡々と語るYさんとお会いするのを楽しみにしておりました。ところが、開業して4年目の秋には姿を見せず、どうされているかと案じていたところ、お手紙が届きました。Yさんの奥様からのお手紙で、Yさんが癌のため亡くなったとのこと。突然の悲しい訃報でした。奥様の手紙によると癌と診断されてからも取り乱すことはなく、家族を励まし続けて亡くなったそうで、いかにも心優しいYさんらしい最期が目に浮かび涙が止まりませんでした。昨年秋、ある若い男性がクリニックに来院されました。検査結果を説明し終えると、帰り際彼は私に語り始めました。なんとその若者は実はYさんの息子さんで、「父が先生にお世話になったと聞いていて挨拶も兼ねて」来院したというのです。言われてみるとたしかに若者はYさんとよく似て大柄で温厚そうな風貌でとても母親思いの息子さんでした。
お一人お一人の患者さんとの出会いやつながりは、私にとってかけがえのない人生の宝そのものであり、患者さんからのお話やその経験は自分の診療や医師としての生き方にも本当に多くの影響を与えてくれています。この実り豊かな毎日に感謝しながら生きています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。