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クリニック通信7月号

[2024.07.01]

梅雨に入り、蒸し暑さが続く毎日ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか
先日、アメリカ大統領選の討論会が行われました。私はその討論会の中継を見てはいませんが、ニュースや新聞では81歳のバイデン氏の衰えが顕著でトランプ氏の圧勝であったと伝えています。そのトランプ氏も相変わらずの虚言癖があったようですが、精彩を欠くバイデン氏よりは随分とマシに映ったようです。
アメリカの大統領は日本の総理大臣と比較すると年齢的に若いというイメージがありましたが、今回の大統領候補者がいずれも78歳と81歳と高齢なのは人材難なのか、選挙制度の問題なのか分かりませんが、いずれにしても数々の不安要素を抱えるアメリカの未来は明るいものにはみえません。

一方、日本はどうでしょうか?現在首相の岸田文雄氏は66歳、東京都知事の小池百合子氏は71歳とバイデン氏やトランプ氏に比べると幾分若いですが、会社員でいうとすでに定年を迎えている年齢となります。個人差があるとはいえ、一般的には高齢になるにつれて体力だけでなく記憶力・判断力・理解力が衰えてくるため、もっともっと若い政治家が出て活躍してほしいと願っているのは私だけではないと思います。

ところで、トランプ氏は大統領在任中、自分にとって都合の悪いことがおこると「フェイクだ!」とよく叫んで抗議していました。当時は今ほど「フェイクニュース」が出回ってはいませんでしたが、あれから5年余りたち、その後のめざましい生成AIの進化により、巧妙なフェイクニュース、フェイク画像が世の中に溢れかえり、その真偽についても判断が極めて難しく、いかに慎重に判断していくかが急務となってきています。

実は、医療に関しても同様なことがおきています。昔からとくにガン治療において科学的にも医療的にも根拠のない治療法が自由診療、民間療法という形で行われ多くの被害者を生んできました。今日では生成AIを用いて例えば治療前後の写真と称してがんが消えたような画像を生成することも容易でしょうから、それを見極めるのは一層困難です。さらにそういった偽の医療現場では一見いかにも患者さんサイドに立った共感を持ったソフトで丁寧な対応をする傾向があるため、患者さんも標準的な治療にはない特別な魅力を感じ、大金を投じてしまうこともあるようです。

さてEBMとはEvidence Based Medicineの略で根拠のあるデータに基づいた治療を行うことをいいます。ちょうど私が医師になったころにカナダから広まった考え方です。

今では医療の世界でEBMに沿った治療は常識となり、個人の経験や感覚など医師の裁量のみを頼りに医療を行うことは許されなくなっています。しかしこういったEBMやガイドラインに沿った治療はときに冷たい医療のように感じ、治療を受ける気持ちを損ねてしまうことがあります。ある記事によると子宮がんと診断された女性が、医療者より子宮の全摘を勧められたがどうしても納得できず、がんに効くという水を購入し飲んでいたが、結局病気は進行し命を落としてしまったそうです。その女性は子供を産みたいという希望があり、その望みをかなえるためにその怪しい民間療法に頼ってしまったようです。もしかしたらその医療者が「子供を産みたい」という女性の望みに共感して対応していれば子宮全摘になったとしても、命をつなぎとめ彼女なりの後悔のない人生を歩むことができたかもしれません。

EBMと患者さんをつなげる役割としてNBM narrative based medicine (物語に基づく医療)というものがあります。NBMは患者さんの話すことに耳を傾けながら医療を展開するというものです。わかりやすくいえば、例えば誰々が「こういう治療をしたら、こうなって良くなった」逆に「こういう治療をしたらこうなって具合が悪くなった」などという話は日常的にもよく聞くことでしょう。私も診察室でもそういった話はよく傾聴しています。しかしながらNBMとEBMの関係で大事なことは患者さんの話に共感したとしても明らかに間違った医療を行うことはしてはならないことです。最近医師の中には共感のあまりなのか、はっきりとした間違った医療、間違った医学知識でも「これで大丈夫だった人がいる」「長生きした人がいる」などと個人の狭い経験からの見解を述べる人もおり、かなり困惑することも多いです。これはNBM の危険で良くない例だと思っています。

医師だから根拠に基づかない医療を行なうはずがないと思われる方もいるでしょうが、そんなことはありません。かえって医師だからこそ?個人的な経験のみで医療を行う人は昔から多いのです。
ちょっと話がそれますが、先月号で「シャーロックホームズのように推理して医療を」という話をしました。シャーロックホームズの作者はコナンドイルですが、彼は整形外科の開業医で、患者さんを待つ暇な時間に小説を書いていました。彼はシャーロックホームズのような論理的、科学的な人物かと思いきや、晩年は心霊主義に没頭し、女の子と一緒に写った妖精を本物であると強く主張したりして世間を困惑させたりしています。この写真は60年以上後の1983年になって、写真をとった少女が本から妖精の絵を切り取って偽造写真と認めたために決着しましたが、医師や科学者が必ずしも科学的に物事を考えていないという典型例だと思っています。

皆さまも医療情報に接するときに、それが個人的な経験、感覚のみに偏ったものではないか注意して、ぜひとも科学的に根拠のある治療を受けていただくようにお願いします。(2024年7月号)

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