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クリニック通信11月号

[2025.11.04]

ショパンピアノコンクール2025

11月に入りました。寒くなってきましたが、皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

今月のクリニック通信は、先月開催されたショパンコンクール2025を取り上げたいと思います。ショパンコンクールは、ポーランドのワルシャワで5年ごとに開かれる世界三大ピアノコンクールの一つで、ポリーニやアルゲリッチら数々の名ピアニストを輩出してきた、まもなく100年を迎える大変歴史のある大コンクールです。前回はコロナ禍により1年延期され、2021年の開催となり、反田恭平さんが2位、小林愛実さんが4位に入賞し、“かてぃん”こと角野隼斗さんの出場などで日本でも大きな話題となりました。私もYouTubeの配信を夢中で視聴し、この通信でも取り上げたことを覚えています。

あれから4年。今回も私は連日YouTubeにかじりつき、才能あふれる若いピアニストたちの素晴らしい演奏を堪能しました。このコンクールの最大の魅力は、何といっても演奏されるすべての曲がショパンの作品であることです。ショパンは多くのピアノ曲を残し、そのどれもが美しく魅力にあふれています。さらに、聴き慣れた曲も多いため、誰もが楽しめる点も人気の理由といえるでしょう。また、近年ではYouTubeによる高音質・高画質の生中継が定着し、世界中どこにいても会場で聴いているかのようなライブ感を味わえるようになりました。
ショパンコンクールのもう一つの楽しみは、ピアノの選定です。今回はこれまでのスタインウェイ、ヤマハ、シゲルカワイ、ファツィオリに加え、新たにベヒシュタインが加わりました。演奏者ごとのピアノの音色の違いを聴き比べるのも、視聴者にとって大きな楽しみです。

さて今回の応募者は世界中から約640名。そのうち約160名が予備予選に進み、歓喜、落胆、リベンジを経て最終的にファイナルまで残ったのは11名でした。
審査結果は、アメリカのエリック・ルーが優勝、カナダのケビン・チェンが2位、中国のズートン・ワンが3位。日本からは桑原志織さんが4位、進藤実優さんがファイナリストに選ばれました。エリック・ルーは2015年大会で17歳ながら4位に入賞しており、10年越しの優勝となりました。
今回のコンクールでは、いくつかの新しい試みがありました。最大の変更は採点方法です。これまでは各ステージで審査員が「YES/NO」で評価し、YESの数が多い人が次に進む方式でしたが、今回は25点満点の数値評価に変わりました。平均点の高い順に通過者が決まるため、より数値的な比較が可能になりました。

もう一つの変更はファイナルの演奏曲目です。これまでファイナルのステージでは協奏曲第1番または第2番のいずれかの演奏でしたが、今回からは協奏曲に先立ち、晩年の名曲である「ポロネーズ・ファンタジー」を演奏することが課題となりました。より成熟した表現力や構成力が求められる構成となり、難易度が一層上がったと感じます。

審査結果については、今回もさまざまな意見がありました。私個人としては、ケビン・チェンが優勝するのではないかと思っていました。彼は第2次予選でショパンの《練習曲集 作品10》を全曲演奏し、技術的にも圧倒的な完成度を示していました。20歳という若さながら、その正確さと音楽性の高さには心から感心しました。一方のエリック・ルーは、第3次予選で体調不良(指のけがと伝えられています)のため、演奏順が最後に変更となりました。演奏全体もやや内省的で、暗い印象を受けたため、優勝という結果は少々意外に感じました。もっとも、これは映像配信を通して聴いた印象に過ぎず、実際の会場で聴く演奏ではまた異なる印象を受けたのかもしれません。

採点方法の公正さについては毎回賛否両論あります。今回導入された25点方式では、平均点から離れた極端な点は自動的に補正されるという新しい試みが行われました。これは一定の公平性を担保するものですが、結局は辛い採点基準の審査員に多く影響を受けてしまうという課題は残ったままです。私はやはり、順位法で審査員が相対的に順位をつける方式が最も理解しやすく、バランスが取れていると感じます。実際、この方式でAIを用いて試算すると、ケビン・チェンが1位、エリック・ルーが2位、桑原志織さんが3位という結果となり、この結果に納得する人は少なくないかもしれません。

もっとも、芸術において採点という行為自体が難しいものであり、完全な公平など存在しません。それでも、ショパンコンクールのように審査結果や採点表がすべて公表されることは非常に意義深いことだと思います。日本で最も権威のある日本音楽コンクールでは採点が公表されず、審査の透明性に疑問を持つ声もあります。音楽の世界では師弟関係やコネの影響が語られることもありますが、結果を公開することにより少しでも公正な審査を目指すという姿勢は、演奏者にとって今後の大きな励みとなるにちがいありません。

ショパンコンクールは、課題や議論を抱えながらも、世界中の若き才能を育て、ショパンの音楽の魅力を広く伝える唯一無二の場です。3週間にわたり熱戦を繰り広げたピアニストたちに惜しみない拍手を送るとともに彼らの今後の大いなる活躍を祈っています。
ちなみに11月9日にはNHKスペシャル「世界最高峰・ショパンコンクール その知られざる舞台裏が明らかに」が放送予定とのことで、今から放送を楽しみにしています。       

2025.11.1 文責 齋藤 幹

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