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クリニック通信5月号

[2024.05.01]

2つの美術館 Deux musées

緑の美しい季節となりました。お天気に恵まれた今年のゴールデンウィーク、皆さまはどのように過ごされましたか?

私は家族で軽井沢にある軽井沢安東美術館へ行きました。こちらは2022年に開館したばかりの新しい美術館で実業家の安東泰志さんが妻の恵さんと二人で収集した藤田嗣治の作品だけを展示する個人美術館です。

藤田嗣治はご存知の方も多いと思いますが、エコール・ド・パリという20世紀前半、世界各地からパリのモンマルトルやモンパルナスに集まり、ボヘミアン的な生活をしていた画家たちの代表的な一人で世界的にもよく知られています。藤田の作品というと「乳白色の肌」「猫」「少女」が有名で女性の目が「斜視」のようにみえるのも特徴的です。藤田の作品はやや少女趣味に偏っているふしがありますが、日本国内ではともかく、生前はフランスでは知らない人がいないほどの人気を博していました。

私は個人的には少女趣味的な絵に大きく心を動かされたわけではないのですが、10年ほど前に発刊された、林洋子さんの「藤田嗣治 手しごとの家」という本が好きで、藤田嗣治の人そのものに大変興味を持っています。藤田は画家として多くの作品を残しましたが、手先が非常に器用で手づくりが大好きだったった彼は身の回りの家具や小物をはじめ多くのものを手づくりしています。「手しごとの家」には彼が作った家の模型(マケット)や裁縫をしている藤田の写真、使用したミシン、自作した額縁、絵付けしたお皿など数多くの品々が掲載されており、どれもがユニークで愛らしく丁寧な仕上がりで、その職人的な仕事ぶりにはとても心を惹かれるものがあります。

さて安東美術館では藤田の象徴ともいえる「少女」や「猫」などを間近で見ることができました。その中でも乳白色の肌はもちろんですが、とくにくっきりとした輪郭を形作る黒く繊細な線が印象に残りました。あまり夢中になって接近してしまって赤外線センサーが反応してしまいましたが、これほど多くの藤田の作品を収集するにはどれだけ大変であったか安東夫妻のなみなみならぬ熱意を感じました。

藤田は戦後1949年に日本からフランスへ移住し生涯日本へ戻らず、1955年にはフランス国籍を取得したのち1959年に洗礼を受けレオナール・フジタと名乗ることになりました。晩年はキリスト教絵画の制作に邁進し、フランスのランスに「平和の聖母礼拝堂」を献堂しその内部のフレスコ画を制作して81歳でこの世を去りました。この最後の日々はまるで画家マティスが同じフランスのヴァンスの地に建てた「ロザリオ礼拝堂」と通じるものがありますね。藤田は絵画だけでなく絵の挿絵や木口木版など多くの作品も残していますので、安東夫妻にはぜひこの先も藤田の作品の収集を期待しています。

ところで軽井沢はさすがに歴史がある街だけあって、豊かな芸術文化を背景に多くの美術館がありますね。今回は中軽井沢にある「千住博美術館」にも足を延ばしてきました。千住博さんといえば以前はヴァイオリニストの千住真理子さんのお兄さんとして有名でしたが今では「滝 (ウォーターフォール)」をモチーフとした作品で知られている世界で活躍する日本画のアーティストです。

この美術館は著名な建築家の西沢立衛さんが設計した美術館で、なだらかな斜面に床がそのままの傾斜で作られており、外に面している壁はガラス張りとなっていて優しく降り注ぐ光と中庭の緑が空間内に取り込まれており、さらにすべての空間が繋がっているという美術館としては大変珍しい構造になっていました。美術館というと外からの光は大敵で、暗がりの中で作品を保護すべく制御された明かりのもとで鑑賞するというイメージがありましたが、なだらかな曲線と外の光が入り込む空間が、自然とアートの融和という面で千住さんの作品とよくマッチして大変魅力的な世界観を作り出していました。

千住さんの作品はモチーフがシンプルであることや、油絵とは違って日本画の顔料の滑らかさなどからモダンアートの面を持つ一方で、大徳寺の襖絵に代表されるように古くから受け継がれてきた日本古来の伝統文化にもマッチしていて、時代や言語、様々な文化を超越した素晴らしさがありました。

今回訪れた2つの美術館はいずれも再び訪れたいと思った美術館でしたが、軽井沢にはほかにも多くの美術館や教会、建物があるようですのでぜひまた訪れたいと思っています。

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