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クリニック通信11月号

[2024.11.01]

AIとノーベル賞

落ち葉が舞い、秋の深まりを感じる今日この頃ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
先日、世界が注目するなかノーベル賞が発表されました。今年は日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞したことが日本ではニュースになりましたが、特に今年の物理学賞と化学賞がいずれもAI(ArtificialIntelligence:人工知能)関連であったことが大きな話題になりました。ちなみに今回のノーベル物理学賞は「人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にした基礎的発見と発明に対する業績」、化学賞は「タンパク質の設計と、機械学習を利用したタンパク質の構造予測」に与えられたものです。このうち物理学賞のジェフリー・ヒントン博士は昨年まで約10年間Googleのエンジニアリングフェローを勤めており、化学賞のデニス・ハザビス博士とジョン・ジャンパー博士もGoogleの傘下のDeepMind社の所属で、アカデミックな印象の強いノーベル賞にしては随分と実用的な分野の受賞者と感じました。これまでもノーベル賞受賞の経緯をめぐって水面下では様々な人間模様とドラマが展開されていたと思いますが、今回私がとくに興味をもった化学賞のデニス・ハザビス博士について取り上げます。

デニス・ハザビスは1976年英国ロンドンに生まれ、父親はキプロス系ギリシャ人、母親は中国系シンガポール人です。子供のころ父親に教わってチェスを指すようになり瞬く間にチェスの天才、神童として名を馳せることになり13歳でイギリスのチャンピオンになっています。幼少からプログラミングの面白さに目覚めた彼は16歳の時にゲーム開発会社でコンピューターゲームの開発に取り組み、その後ケンブリッジ大学に進学しコンピューターサイエンスの学位を取得します。卒業後はAIデザイナーやゲーム開発会社設立を経て、その後ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で認知神経科学の博士号を取得するため学究生活に戻り、神経科学と人工知能の研究を続けます。

やがて2010年に機械学習のスタートアップであるDeepMind社を共同で設立し、CEOとなります。DeepMind社が目指すのは「知性とは何かの謎を解明する」こと、「その現象を人工的に作り上げる」ことです。そしてAIからさらに発達したAGI; Artificial General Intelligence(人工汎用知能)作り上げることを目標にしています。

AGIは人間のような知識をもち、独自の学習能力や問題解決能力をもつ人工知能、AIの進化系です。AGI実現のチャレンジのなかの大きなトピックスといえば、2015年にDeepMind社が開発した「AlphaGo(碁)プログラム」が囲碁の欧州チャンピオンを破り、翌年には世界チャンピオンを破ったことでしょう。さらに彼の研究チームは2018年にAlphaFoldを使用して第13回 タンパク質構造予測精密評価 (CASP)競技会で圧倒的な1位を獲得しました。CASP競技会は出題されたアミノ酸配列からたんぱく質の構造を予想して実際の構造に近かったものが優勝するというものです。たんぱく質の立体構造というのは、DNA配列からは直接予測できない物理的なプロセスによって決定され、解析には多額の費用と膨大な時間と労力がかかり、1つのたんぱく質の立体構造を解明するのに年の単位が必要な場合もあります。AlphaFoldは1つのたんぱく質の立体構造の解析を極めて正確に数分で完了することができ、新しい治療薬がこれまでよりはるかに短時間で開発できる可能性が示唆されています。これらは無償でインターネット上に公開されており、すでに大学の一般教養課程でも授業に取り入れられているようです。今回デニス・ハザビスはノーベル化学賞を受賞しましたが、彼の真の興味はたんぱく質の構造が最終目的ではなく創薬・物理学・核融合など様々な問題についてAIを用いた問題解決の探求であり、最終的には人間の脳のメカニズムを解決することにあるのです。

さてAIの出現により、我々は今後どのような影響を受けるのでしょうか?医療分野では従来とは全く違う速さで創薬が行われ、画期的な治療法が出現する可能性があります。また、これまで未解決と思われていた物理的・数学的な難問も解決される日がくるかもしれません。一方でAIの悪用、とくに完全自立兵器というAIを搭載した殺傷能力のあるロボットやドローンが作動する可能性など、一見映画のようですが実際の脅威として指摘されています。また人間を超えた能力をもつAIが人類の管理支配から逃れ、逆に人類に悪影響を及ぼす恐れもあります。実際に今回ノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン博士は悪意のある者による意図的な悪用、人工知能による技術的失業、そして汎用人工知能による人類滅亡のリスクについて深刻な懸念を表明し、これを理由にGoogleを去っています。人の能力をはるかに越えたAIの脅威に人類はどう立ち向かえばよいのか、そこは今後の議論の大きな論点となるでしょう。

私はAI分野について素人ですが、デニス・ハザビスのような様々な多方面で能力を発揮する天才の思考過程については大変興味があります。アメリカでは「The Thinking Game」というデニス・ハザビスのドキュメンタリーが放映されているそうで、是非観たいと思っています。

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