胸痛
循環器内科医として診療を行う上で最も大事と言っていい症状のひとつが胸痛だと思います。私もこれまでそれこそ数え切れないほどの胸痛患者様を診てきたと思いますが、その中には急性心筋梗塞や大動脈解離などの生命にかかわる重大な疾患もたくさん経験してきました。もちろん「あれは一体何だったんだろう?」というような胸痛もたくさんあり、同じ胸痛と言っても診断は簡単ではありません。
今日は重大な疾患であるかどうかの見極め方について述べたいと思います。(これはあくまで一般論ですので、自分に当てはまらないから大丈夫というわけではありませんので、心配な点は必ず医師に確認してください)
まず重大な疾患の兆候としてよくあるのが、「冷や汗」です。胸痛とともに「冷や汗」をかくのはその疾患が重篤である可能性を強く示唆します。私も急性心筋梗塞の患者で冷や汗をかく人を多く見てきました。「冷や汗」をかいて胸痛を自覚した人は、必ず医師の診察を受けてほしいと思います。
「今までに経験したことがないような痛み」も非常に危険な症状です。痛みのために一時的に失神する人もいますが、これも非常に危険です。また失神で発症する大動脈解離の人は大変多いです。大動脈解離も生死にかかわる重大な病気です。
胸痛とともに呼吸困難を自覚したり、頻呼吸のような症状となるのも危険です。肺塞栓症では呼吸困難や胸痛を訴えて発症することがあり、そのままショック状態に陥ることも少なくありません。
痛みの部位も重要です。心臓は左にあるという固定観念から「心臓が痛むんです」といって左胸を押さえてくる人がおりますが、あながち間違えではないものの、実際の心臓疾患の患者様は胸のほぼ真ん中の症状を訴えることのほうが多いです。また、狭心症や心筋梗塞の患者様の場合、痛む場所を聞くと「この辺り」と前胸部全体を手のひらで指すことが多く、「ココ」と指で指すことは少ないです。「正確な場所を指すことができない」というのが狭心症や心筋梗塞の特徴かもしれません。
発症時に痛みが背中からお腹にかけて激しく痛むような場合には、「大動脈解離」を疑います。胸部大動脈解離が腹部まで及ぶことはしばしばあることです。
マルファン症候群という病気の人は血管が裂けやすいため、大動脈解離を起こすことがしばしばあります。そのような人が「胸が痛い!」といって救急外来にきたので、これは大変とレントゲンをとったら気胸(肺に穴が開く病気)だった、ということもあります。
気胸も胸痛を起こす重要な疾患です。気胸は若い人が比較的多い疾患で軽症の人も沢山おりますが、まれに緊張性気胸と言ってすぐにドレナージをしないと心停止となることもあるので注意が必要です。実は自分はその緊張性気胸に大学生のときになり、死ぬ思いをしたことがあります。救急外来でトロッカーを入れられたときは本当に「助かったー」と思ったものです。
外勤先で内科の先生に、「胸痛なので診てください」と言われて診察したところ、どちらかというと背中側を痛がっていてものすごい高熱で、レントゲンをとったら肺炎だったこともあります。胸膜まで炎症が波及していた症例でした。(胸痛だからって丸投げしないでよー、と思いました・・・。)
時々経験するのが、帯状疱疹です。帯状疱疹は色々なところにできるのですが、胸部・肋骨にそって皮疹と痛みが出ることもよくあります。ただし、皮疹がでるのは痛みだしてから数日から1週間後だったりするので、しばしば「先生、帯状疱疹だったよ」と後から言われることがあります。とくに帯状疱疹は痛みが強烈なため、恨まれることも多いのです。しかし、全く皮疹がない状態で、「これは帯状疱疹です」ということはさすがにできないので、「帯状疱疹の可能性もあるよ」と言うにとどめています。
また、「ココが痛い」と指をさす方がいらっしゃいます。そこを押すと「イテテテテ」と痛がることも多いのですが、検査をしても何の異常も見つからないこともあります。この場合は診断がつかないで、「肋間神経痛」ということになることもあります。肋間神経はその字のごとく、肋骨と肋骨の間の神経で肋骨にそって走っています。肋間神経痛は痛みの範囲がせまくはっきりしており、押したり体位変換などで痛むことが特徴です。しばしば息ができないほど痛いと表現される場合もあり、重篤な疾患を思わせることもあります。
以上、胸痛について簡単に述べました。何か気になることがありましたら是非ご相談ください。